M&Aにおいて意向表明書とは買い手企業が売り手に対してM&Aをする意思を伝える書類です。
この記事では意向表明書の役割や重要な要素について解説します。
M&A意向表明書とは?
M&A意向表明書の定義と目的
M&Aの意向表明書とは、買い手企業が売り手に対して売り手企業とM&A取引をする意思を伝える文書です。
M&A意向表明書の目的は以下の2つのケースに分かれます。
①買収監査(DD)プロセス前…法的拘束力がないM&Aの条件を記載する場合
②DDプロセス後…最終的な条件を記載する場合
この記事では中堅中小企業の多くで用いられる「①買収監査(DD)プロセス前」の意向表明書について解説します。
M&Aプロセスにおける意向表明書の役割
意向表明書は、買い手企業を選択するための重要なツールです。
意向表明書とDDプロセス
DDとは買い手企業が対象会社の詳細情報を精査するプロセスのことを指します。
このプロセスはM&A取引、特に中堅中小企業において一社が独占交渉権を持つ形で進行することが多いです。
複数の買い手候補と意向表明書
複数の買い手候補が出現したとき、売り手は意向表明書を参照してDDを進める企業を選択します。
意向表明書の内容と意義
意向表明書は、買い手企業が最初に開示した情報に基づいて、M&Aの条件を検討していることを示す文書です。
この文書には法的拘束力はありませんが、売り手にとっては買い手が対象会社に何を求めているかを理解するための貴重な情報源となります。
M&A意向表明書と他の契約書類との違い
M&A意向表明書と秘密保持契約書、基本合意書との違いをそれぞれ解説します。
①秘密保持契約書と意向表明書の違い
②基本合意書と意向表明書の違い
①秘密保持契約書と、意向表明書の違い
秘密保持契約書は、買い手企業が対象会社の社名や基礎情報の開示を受けるために締結する契約書です。
どのような経緯でM&Aを検討するのかによって秘密保持契約書の形式は異なります。
中堅中小企業のM&Aプロセスでは
・買い手企業が対象会社に差し入れる形式
・買い手企業とM&A仲介会社が締結する形式
の2つが多く見られます。
一般的に秘密保持契約書は買い手企業が秘密情報を漏洩した場合、損害賠償を行う責任があることを規定します。
意向表明書は、秘密保持契約書を締結した後に開示された対象会社の情報を基に初期的なM&Aの取引条件を記載した文書です。
このため、意向表明書は秘密保持契約書よりも後の買収プロセスで作成される文書です。
②基本合意書と、意向表明書の違い
基本合意書(MOU、LOI)は、取引条件を確認し合うための契約書です。売り手と買い手双方で捺印を行い、その時点での了解事項を明記します。
対して、意向表明書は買い手から売り手への一方的な書面です。買い手のM&A取引に対する意思と、基本的な条件を示します。この書類は、買い手だけが捺印します。
取引のプロセスとこれらの書類
通常、基本合意書は売り手が意向表明書の条件を了解した後に結ばれます。
中堅中小企業のM&Aでは、基本合意書を結ばずに、意向表明書の提出とそれに対する応諾書(独占交渉権の付与等を明記)によってDDを進行するケースもあります。
基本合意書の重要性
しかし、基本合意書を結ぶことで、双方が基本的な条件に合意したことが明確になります。
これは、相対的な取引を行う上で適切なプロセスと言えるでしょう。
なお、基本合意書と意向表明書は、法的な拘束力は基本的に持たないという共通点があります。
※意向表明書は、英文契約にならってNBO(Non-Binding Offer)やLOI(Letter of Intent)という名称を使うこともあります。基本合意書は、意向表明書との区別のために、よくMOU(Memorandum of Understanding)という名称で呼ばれます。
M&A意向表明書5つの重要要素
M&A取引においては、意向表明書の作成が重要です。
この章では、M&Aの意向表明書における重要要素5つについて解説を行います。
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事業の概要と評価
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取引条件と価格
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取引のタイムライン
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秘密保持に関する規定
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買収後の経営体制と役割分担
①事業の概要と評価
意向表明書は、買い手企業の詳細情報を提供し、その評価を記載する重要なドキュメントです。
しかし、記載内容は買い手企業の種類により異なります。
買い手企業の記述
一般的に、買い手企業の詳細は意向表明書の冒頭で記述されます。
ここでは、買い手企業がどのような事業を行っているのか、その企業規模(売上、従業員数、創業年等)を明記することが一般的です。
M&A取引の主体
買い手企業が複数の法人で構成される企業グループの場合、M&A取引の主体となる法人を特定します。
また、プライベート・エクイティ・ファンドが買い手企業である場合は、ファンド運営会社名で意向表明書を提出します。
しかし、M&A取引の実際の主体はファンドや特別目的会社(SPC)であるため、その旨を明記します。
対象会社の評価
買い手企業が対象会社の取得を望む理由や評価を意向表明書に記載することも一般的です。
中堅中小企業の売り手が創業者である場合、対象会社を大切に経営してくれる買い手とのM&Aを希望することが多いため、この評価の記述は重要なポイントとなります。
②取引条件と価格
取引条件と価格は、意向表明書の鍵となるポイントです。
詳細な条件、価格算出方法、前提条件、そして資金調達手段などが主な要素となります。
取引条件
取引条件では、株式譲渡の場合、取得を希望する株式数や全株式なのか、株主が一部継続保有するのかなどを明記します。
同時に、譲渡価格も重要なポイントです。
価格算出
価格は、買い手企業が詳細な情報開示を受けていない初期段階では、価格を●億円~●億円などの一定の範囲で記載されます。
価格を算出するための企業評価手法も重要です。
評価手法としては、DCF法やEV/EBITDAマルチプル法、時価純資産法などがあり、どの評価手法を用いて価格を算定したかを記載します。
前提条件
価格算出の前提条件は、DDプロセスを経て価格が変動する可能性を認識するために重要です。
主な前提条件は以下の通りです。
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運転資本の回転数などの財務体質の継続
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過去の収益性の継続
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事業計画の蓋然性
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有利子負債残高
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非事業用資産の扱い
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企業価値に著しい影響を及ぼす事象の不存在
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簿外債務や偶発債務の不存在
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M&A取引に伴う事業に悪影響を及ぼす取引条件などの変更の不存在
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主要役職員のM&A取引への賛同、就業継続意向の確認
資金調達手段
売り手にとっては、価格と同様に資金調達手段も重要です。
取引を実行するための全額が手許現金なのか、金融機関からの借入を利用するのかを明記します。
M&A取引の円滑な実行は、売り手が買い手を選ぶ重要な要素であり、金融機関からの借入が取引の成否に影響を与えるためです。
③取引のタイムライン
意向表明書には取引のタイムラインを記載します。
主な取引のタイムライン記載事項は以下の3点です。
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DDプロセスの期間
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最終契約の締結時期
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資金決済(クロージング)の時期
上記のタイムラインに併せて、買い手が希望する独占交渉権を付与される期間が記載されます。
また、買い手企業がどのようなDDプロセスを行う予定かを確認することも重要です。
一般的なDDプロセスに関連した確認事項は以下の2点です。
DDを行う主体 |
専門家の活用 |
DDで希望するプロセス |
資料の閲覧 |
キーパーソンへの開示と決裁状況の確認
買い手企業がDDプロセスにキーパーソンへのインタビューを含める場合、売り手はM&Aの意向をキーパーソンに伝える必要があります。
また、売り手が意向表明書に記載を望む点として、買い手の決裁状況や最終契約締結のための社内決裁について確認することが重要です。
意向表明書の決裁状況
意向表明書の提出に至るまでの買い手の決裁状況は重要な情報です。
例えば、代表取締役の確認を受けた意向表明書と、事業部長権限で提出された意向表明書とでは、前者の方がM&Aに対する社内の決裁状況が進んでいると言えます。
最終契約の社内決裁
また、最終契約を締結する際の買い手企業の社内決裁がどのように行われるかも、案件のスケジュールを確認するために重要です。
買い手企業が上場企業で社外役員がいる場合、取締役会の開催は柔軟には行えず、月1回に限定されることが多いです。
このような状況下では、取締役会でM&A取引の審議が行われなかった場合、案件のスケジュールが1ヶ月遅れる可能性があります。
こういったことから、買い手企業がM&A取引を意思決定するために必要な機関決定について、売り手が確認することをおすすめします。
④秘密保持に関する規定
意向表明書には通常、秘密保持義務が含まれています。
DDプロセスでは、買い手企業が対象会社の詳細情報を開示する必要があります。
M&A取引は売り手や対象会社の事業や資産に大きな影響を与えます。
そのため、最終合意が成立するまで交渉の存在や内容は秘密に保つ必要が出てきます。
秘密保持契約とその拡大
取引開始時、売り手と買い手企業間で締結する秘密保持契約は一般的です。
しかし、意向表明書における秘密保持義務は、この初期の秘密保持契約を補完し、開示可能な情報の範囲を広げる役割を果たすことがあります。
例えば、買い手がプライベート・エクイティ・ファンドであり、譲渡対価の調達手段として金融機関からの借入(LBOローンとも呼ばれます)を利用する場合、金融機関はDDレポートの開示を求めることがあります。
その際、DDで得た対象会社の情報を金融機関に開示する必要が生じます。
このようなケースでは、秘密情報の開示可能な範囲を拡大し、金融機関を含めることがあります。
⑤買収後の経営体制と役割分担
買収後の経営体制と役割分担も意向表明書の重要な記載内容です。
中堅中小企業のM&Aは売り手の事業承継問題を起因とした場合が多いです。
売り手が対象会社の代表取締役を兼ねている場合などは、どの程度の引継ぎ期間を想定しているかが記載されます。
また、買い手企業から買収後に役員派遣をする予定か役員派遣をする場合には、社外役員なのか常勤役員を想定しているかを記載します。
M&A意向表明書の作成方法
参考となるテンプレートの選定
M&Aアドバイザーが入っているM&A取引では、意向表明書の記載条項が配布される割合が高いです。
売り手にとっても、買い手候補企業によって書かれている事項が異なる場合や書かれている内容の順番が異なる場合、比較が難しいので意向表明書の記載条項を作成することをおすすめします。
法律専門家やM&Aアドバイザーとの協力
意向表明書を作成する上で、弁護士を始めとする法律専門家やM&Aアドバイザーに協力を求めることも重要です。
意向表明書は法的拘束力が無い場合が多いですが、実際に意向表明書に法的拘束力がないように作成されているか、念のため法律専門家に確認を求めましょう。
また、売り手に買い手候補として選定される上で、意向表明書の内容に盛り込むことが重要です。
そのため、売り手と直接コミュニケーションを取っているM&Aアドバイザーに、売り手が望んでいる条件を確認しましょう。
書類のカスタマイズと緻密なチェック
意向表明書のカスタマイズと、緻密なチェックも盲点となりがちです。
M&A取引に慣れた買い手企業ほど、過去に使った意向表明書を再利用して作成する場合がありますが、過去の案件の情報が残っていないかなど入念なチェックが必要です。
売り手の名前を間違えたことや社名の前株、後株を間違えたこと(株式会社●●を●●株式会社と誤記)で、買い手候補として選ばれなかった事例が実際にあります。
M&A意向表明書を成功させるためのポイント
オーナーが抱える懸念と対策
売り手にとってM&A取引は初めての割合が高いです。
このため売り手が抱える懸念に対して、買い手企業のリソースで解決できることを示すことが重要です。
買い手企業にとって、意向表明書に記載される価格以外は売り手が重視していないと考えがちですが、売り手にとって価格以外の要素をM&Aに求める事が多いです。
このため、売り手や対象会社のことをしっかりと理解した上で、意向表明書に買収後の経営体制などの買い手企業なりの考えを記載することが重要です。
コミュニケーションの重要性
買い手企業として、売り手が重要と考える取引条件を確認しましょう。
M&Aアドバイザーが入ったM&A取引の場合、M&Aアドバイザーと積極的にコミュニケーションを取り、売り手が望む条件を聞き出すことが買い手候補として選定される上で重要です。
チームワークと専門家の活用
買い手企業内のチームワークも重要です。
買い手企業の意向表明書の捺印プロセスで内部の法務部のチェックが必要になる場合、しっかりと社内のコミュニケーションを取ることがポイントです。
また、必要に応じて弁護士などの法律専門家に相談することも重要です。
M&A意向表明書提出後に知っておくべきこと
正式契約書への移行
売り手に意向表明書を提出し、買い手候補企業に選ばれると、基本合意書の締結が一般的です。
そのため、意向表明書提出後は速やかに基本合意書のドラフトを作成することが望ましいです。
事業の統合と成長戦略
買い手企業は、自社の成長を目指してM&A取引を行います。
意向表明書提出前の初期資料分析において、対象会社をどのように統合するとスムーズな経営統合となるか、詳細な検討が必要です。
意向表明書提出後のDDプロセスで、対象会社の成長戦略を描く上で、意向表明書提出時の仮説を売り手に確認すると良いでしょう。
M&Aの意向表明書でお困りなら日本提携支援に相談
今回は、意向表明書に関して解説してきました。
意向表明書は、売り手が何を求め、買い手企業がどう実現するかを文書にまとめます。
例えば、社内の従業員が適任と考えられる後継者がいる場合、その後継者との面談を行い、その人柄や優秀さを評価し、それを意向表明書に記載することで、価格面で劣る場合でも買い手候補として選ばれることもあります。
意向表明書では、取引条件に法的拘束力を持たないとはいえ、売り手とのコミュニケーション手段であり、その後のM&Aの成功のためにも重要な書類です。
価格だけでなく、売り手に対する共感を示すことも、意向表明書作成においては重要と言えます。
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