
監修者
株式会社日本提携支援 代表取締役
大野 駿介
過去1,000件超のM&A相談、50件超のアドバイザリー契約、15組超のM&A成約組数を担当。
(株)日本M&Aセンターにて、年間最多アドバイザリー契約受賞経験あり。
新規提携先の開拓やマネジメント経験を経て、(株)日本提携支援を設立。
基本合意書(LOI)を締結した直後、買い手側から「デューデリジェンスのスケジュールを調整したい」という連絡が入る。そこから始まる数週間が、M&A全体で最も情報開示の密度が高く、成約価格と契約条件の両方に直接影響する局面です。「こんなに細かく調べられるとは思わなかった」という売り手側の経営者の声は、NTSへの相談でも繰り返し聞かれます。準備の有無で結果が大きく変わるこの工程を、受け身で迎えるか、能動的に備えるかで、最終的な手取り額と契約リスクは相当変わります。この記事では、デューデリジェンスの種類・目的・進め方から、売り手として知っておくべき実務対応のポイントまでを、NTSの現場知見を交えながらお伝えします。
1. デューデリジェンス(DD)とは何か
デューデリジェンスとは、M&Aにおいて買い手が対象企業の実態を多角的に調査するプロセスです。直訳すると「相当な注意」を意味し、投資判断の前に潜在的なリスクを洗い出すことを目的としています。
M&Aのプロセスで見ると、デューデリジェンスは基本合意契約の後、最終契約の締結前に実施されます。買い手は通常、外部の公認会計士・弁護士・社会保険労務士などの専門家チームを組成し、売り手企業の財務・税務・法務・労務・事業の各側面から調査を進めます。
売り手にとっては、自社の内側をすべて開示するという心理的な負担を伴う工程です。しかし、デューデリジェンスの結果が最終的な成約価格や契約条件に直結するため、準備の質が成否を分けると言っても過言ではありません。
1-1. M&Aプロセス全体における位置づけ
M&Aのステップを整理すると、「相談→アドバイザリー契約→企業概要書作成→トップ面談→基本合意→デューデリジェンス→最終契約→クロージング」という流れになります。デューデリジェンスは最終契約の直前に位置し、ここで発見された問題が価格や条件の見直し交渉につながることがあります。
買い手が「買ってよいか」を判断するための最後の精査工程であり、売り手にとっては「自社の状態を正直に開示し、表明保証の根拠を固める」工程でもあります。基本合意まで進んだ案件が最終契約に至らずに破談になるケースの多くは、このデューデリジェンスの局面で問題が発覚したことが原因です。
2. デューデリジェンスの5種類と調査内容
デューデリジェンスは一種類ではありません。中小企業のM&Aでは、主に以下の5種類が実施されます。規模や案件の性質によって実施する種類や深度は異なりますが、財務DDと法務DDはほぼすべての案件で行われます。
■ 財務DD
財務諸表の信頼性、粉飾決算の有無、簿外債務(帳簿に載っていない債務)、偶発債務(将来発生する可能性のある債務)などを確認します。売上・利益の詳細な分析も含まれ、企業価値算定の前提となる「実体収益力」を精査する目的があります。
■ 税務DD
過去の申告漏れや税務上の問題点、各種引当金(将来の費用・損失に備えて計上する金額)の適切性などを確認します。税務調査で過去に指摘を受けた事項がある場合、その内容と対応状況も問われます。
■ 法務DD
重要な契約書の内容、進行中の紛争・訴訟リスク、許認可の取得状況、知的財産権の帰属などを調べます。取引基本契約書や賃貸借契約書に「チェンジオブコントロール条項(経営権の変更を理由に契約を解除できる条項)」が含まれていないかも重要な確認ポイントです。
■ 労務DD
雇用契約の内容、労働時間管理の適切性、未払残業代の有無、社会保険の加入状況、ハラスメントリスクなどを確認します。退職金制度の有無や積立状況も調査対象になります。
■ ビジネスDD
事業計画の妥当性、市場環境、競合状況、主要顧客・仕入先との関係の安定性などを評価します。財務数値だけでは見えない「事業の持続可能性」を判断するための調査です。
これら5種類のうち、どの領域で問題が出やすいかは業種によって傾向があります。労働集約型の業種では労務DDで未払残業代が論点になりやすく、許認可が事業の根幹を成す業種では法務DDでの確認が特に重要になります。NTSでは相談の段階から、業種ごとに指摘が出やすい論点をあらかじめ整理するよう売り手側に伝えています。
3. デューデリジェンスで価格が変わる仕組み
デューデリジェンスは単なる「調査」ではなく、最終的な成約価格や契約条件に直接影響します。この点を理解しておくことが、売り手として非常に重要です。
基本合意書に記載された価格はあくまで「前提条件が維持された場合の価格」です。デューデリジェンスで問題が発見されると、買い手から価格の引き下げや条件変更の要求が出てきます。これをプライスアジャストメント(価格調整)と呼びます。
具体的には、未払残業代の潜在的な金額、税務上の追徴課税リスク、重要顧客との契約が解約される可能性、簿外債務の金額などが発見された場合、それらがそのまま価格引き下げの根拠として提示されることがあります。
NTSが支援したあるケースでは、デューデリジェンス前に売り手側で「指摘が出そうな論点」を事前に整理し、顧問税理士と連携して対応方針を準備していたことで、買い手からの価格調整要求を最小限に抑えられました。問題を隠すのではなく、「あらかじめ認識して対応策を持っている」という姿勢が、交渉において信頼感を生みます。
3-1. 価格調整の閾値を事前に合意しておく
デューデリジェンスを乗り越えるための実務的な準備として、「どの程度の問題が発見されたら価格調整の対象になるか」という閾値(しきい値)を、基本合意の段階で買い手側と事前に合意しておくことが有効です。
この合意がないまま進めると、デューデリジェンス後に買い手から「これだけ問題があったから価格を大幅に下げたい」と一方的に提示されるリスクがあります。M&A支援会社に対して、価格調整の判断基準について事前に確認・交渉するよう求めることをお勧めします。
4. 売り手が実務で準備すべきこと
デューデリジェンスは、準備の有無で結果が大きく変わります。ここでは、売り手側が実務として取り組むべき事項を整理します。
■ データルームの整備
データルームとは、デューデリジェンスで開示する資料を一元管理する場所(クラウドストレージ等)のことです。決算書・税務申告書(直近3〜5期分)、重要な取引契約書、雇用契約書・就業規則、許認可証、登記関連書類などを論理的なフォルダ構造で整理し、ファイル名を統一しておきます。資料の更新日やバージョン番号を明記しておくと、買い手側の確認作業がスムーズになります。
■ 指摘が出そうな論点の事前把握
過去に税務調査で指摘を受けた事項、未払残業代が発生していないかの確認、重要契約書に解約リスクがある条項がないかの確認、許認可の更新漏れがないかのチェックなど、自社で先回りして洗い出しておくことが重要です。指摘が予想される論点には背景説明資料を準備し、是正計画があれば実行スケジュールも含めて用意しておくと、交渉の場での説得力が増します。
■ 現場対応者への事前説明
デューデリジェンスでは、経理担当者や総務担当者に対して買い手側の専門家から直接質問が来ることがあります。担当者がデューデリジェンスの目的と流れを理解していないと、不必要に動揺したり不正確な回答をしてしまうリスクがあります。M&Aのどの段階にいるか、何を確認されるかを事前に共有しておくことで、対応の質が上がります。
■ 質問対応ログの一元管理
買い手からの質問と回答を一元管理するログを作成し、「回答済/検討中/回答不可」の状態を可視化しておくと、対応漏れや矛盾が防げます。複数の専門家チームから同時並行で質問が届く局面では、このログが混乱を防ぐ実務上の要になります。
4-1. 情報開示は「段階的に」が原則
デューデリジェンスにおける情報開示は、すべてを一度に開示するのではなく、段階的に進めることが基本です。顧客情報や人事データなど機密性の高い情報は、最終契約が近づいた段階でアクセス制限を設けながら開示します。特定情報の開示を最終契約前に限定するなどの条件設定を、M&A支援会社と事前に確認しておくことが大切です。
情報隠しは最終的に発覚し、交渉破談の原因になります。「売る時までの責任は売り手が持つ。売った後に起きた事項は買い手の責任」という考え方を基本に、デューデリジェンスに臨むことが、後々のトラブルを未然に防ぐことにつながります。
5. デューデリジェンス後の流れと表明保証
デューデリジェンスが完了すると、その結果を踏まえて最終契約の交渉が始まります。ここで重要になるのが「表明保証」条項です。
表明保証とは、売り手が「会社の状態について、開示した内容に偽りがない」と保証する契約条項です。デューデリジェンスで開示した情報が正確であることを売り手が保証し、万一開示内容と異なる事実が後から発覚した場合には、売り手が補償責任を負う仕組みです。
表明保証の範囲は、財務・税務・法務・労務など多岐にわたります。曖昧な表現や広範すぎる保証は将来のリスクになるため、中小M&Aの業務に明るい弁護士によるレビューが不可欠です。特に「どの時点までの事象を保証するか」「補償の上限金額はいくらか」「補償請求できる期間はいつまでか」という3点は、必ず明確にしておく必要があります。
NTSでは、最終契約書の確認段階でこうした条項の意味を経営者にわかりやすく説明しながら、専門家との連携を促しています。弊社は仲介会社ではなくM&A支援の窓口として機能しているため、売り手・買い手それぞれの立場を踏まえながら、中立的な視点で論点を整理することを大切にしています。
6. まとめ
M&Aにおけるデューデリジェンスは、「調べられる」という受け身の工程ではなく、「自社の実態を正確に開示し、信頼を築く」という能動的な工程です。財務・税務・法務・労務・ビジネスの各観点から調査が行われ、その結果が最終的な成約価格や契約条件に直結します。
売り手として準備できることは多くあります。データルームの整備、指摘が出そうな論点の事前把握、現場担当者への説明、質問対応ログの管理、段階的な情報開示の設計。これらを基本合意の段階から意識して動き始めることで、デューデリジェンスを乗り越える可能性は大きく高まります。
デューデリジェンスの準備をどこから手をつければよいかわからない、という経営者の方は、まず一度NTSにご相談ください。業種・規模・状況に応じて、何が論点になりやすいかを一緒に整理するところから始めることができます。
導入事例はこちらから https://nihon-teikei.co.jp/news/casestudy/
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