
監修者
株式会社日本提携支援 代表取締役
大野 駿介
過去1,000件超のM&A相談、50件超のアドバイザリー契約、15組超のM&A成約組数を担当。
(株)日本M&Aセンターにて、年間最多アドバイザリー契約受賞経験あり。
新規提携先の開拓やマネジメント経験を経て、(株)日本提携支援を設立。
多くの経営者の皆様がM&Aを検討される際、真っ先に思い浮かべるのは、事業シナジーや相手企業との交渉、従業員の処遇といった「事業」の側面ではないでしょうか。しかし、私たちが1,000件以上のM&Aをご支援してきた現場で痛感するのは、その成否、特に売却後の手残り額や買い手側の将来のキャッシュフローを大きく左右するのが、まさに「税務」の側面だということです。
M&Aは単なる事業売買ではなく、売り手・買い手双方の未来を創造する「提携支援」だと私たちは考えていますが、その実現には税務に関する深い理解と戦略的なアプローチが不可欠です。本稿では、一般論に留まらず、NTSが経験した具体的な事例を交えながら、50代・60代経営者の皆様がM&Aで後悔しないための税務戦略の要諦をお伝えします。
1. M&Aにおける税務の重要性と複雑性
M&Aは、会社の事業や株式を移動させる取引であるため、税金が必ず発生します。しかし、その税額は、M&Aのスキーム(手法)や会社の状況によって大きく異なるため、事前にしっかりと税務戦略を立てることが極めて重要です。
1-1. なぜM&A税務は複雑なのか
M&A税務が複雑である理由はいくつかあります。まず、適用される税法が多岐にわたる点が挙げられます。法人税、所得税、消費税、登録免許税、不動産取得税など、様々な税目がM&Aのプロセスで関わってきます。次に、M&Aの具体的な手法、例えば株式譲渡、事業譲渡、会社分割などによって、課税される税金の種類や税率、課税タイミングが大きく変わるため、それぞれのスキームの特性を理解し、適切に選択しなければなりません。また、組織再編税制のような特例措置の適用要件は複雑であり、これを満たせるかどうかで税負担が大きく変わることもあります。
このような複雑さから、税務に関する専門知識がないままM&Aを進めると、予期せぬ高額な税金が発生したり、節税の機会を逃したりするリスクがあります。NTSの現場では、税務デューデリジェンス(DD:企業調査)が不十分であったために、買収後に多額の追徴課税が発生し、M&Aのメリットが著しく損なわれたケースも見てきました。私たちは、こうした事態を未然に防ぐため、M&Aの初期段階から税務の専門家を巻き込み、徹底したリスク洗い出しを行うことを重視しています。
1-2. 税務を疎かにするとどんなリスクがあるのか
M&A税務を疎かにすることのリスクは多岐にわたります。売り手側にとっては、最終的な手残り額が想定よりも大幅に少なくなることが最大のリスクです。例えば、株式譲渡であれば譲渡益に対する課税、事業譲渡であれば法人税や消費税が主な税金となりますが、適切な税務計画がなければ、これらの税金負担を最小化する機会を逃してしまいます。
一方、買い手側にとっては、買収後の税務リスクが大きな懸念材料となります。買収対象会社が過去に税務申告を誤っていた場合、その追徴課税の責任は買い手側が引き継ぐことになります。また、取得した資産の評価や減価償却の方法によっては、将来の課税所得に大きな影響を与えることもあります。NTSが支援したある建設会社のケースでは、買収対象企業の過去の税務処理に不備が見つかり、買収価格の調整が必要となりました。これは、M&Aの交渉段階で適切な税務評価がなされていなかった場合に発生しうる典型的なリスクです。私たちは、このようなリスクを未然に防ぐために、税務の専門家と連携した詳細な調査とアドバイスを提供しています。
2. M&Aにおける主要な税務論点と種類
M&Aにおける税務は、売り手と買い手の双方に異なる影響を及ぼします。主要な税務論点とそれぞれの立場での税金の取り扱いについて解説します。
2-1. 譲渡側(売り手)の税務:所得税・法人税・住民税など
売り手側にとっての税務は、M&Aスキームによって大きく異なります。
株式譲渡の場合、会社オーナーが保有する株式を買い手に譲渡するため、オーナー個人に対して「譲渡所得税」が課税されます。譲渡所得税の税率は、所得税と住民税を合わせて約20%(復興特別所得税を含む)であり、他の所得と合算されずに分離課税されます。一般的に、中小企業のM&Aでは株式譲渡が選ばれることが多く、これは税務上の手残り額が最大化されやすいというメリットがあるためです。NTSでは、オーナー様の手残り額を最大化すべく、まず株式譲渡を最優先で検討し、詳細なシミュレーションを行っています。
一方、事業譲渡の場合、会社の事業自体を買い手に譲渡するため、譲渡益に対してまず会社に「法人税」が課税されます。その後、売却益を会社に残すか、株主への配当、役員報酬、退職金として支給するかによって、オーナー個人に別途「所得税」や「住民税」が発生します。事業譲渡は、設備や不動産などの個別の資産に対しても消費税や登録免許税などが課税されるため、総体的な税負担が大きくなる傾向にあります。私たちは、事業譲渡を選択する際には、これらの税金が最終的な手残り額にどのように影響するかを丁寧に試算し、オーナー様に具体的な数字としてお示ししています。
2-2. 譲受側(買い手)の税務:取得後の税務処理、のれん代
買い手側にとってのM&A税務は、主に取得後の会計処理とそれに伴う税務に影響します。特に重要なのは、買収によって生じる「のれん代(営業権)」の取り扱いです。のれん代とは、買収価格が対象会社の純資産額を上回る場合に発生する差額で、対象会社のブランド力や技術力、顧客基盤といった無形資産の価値を反映したものです。
税務上、こののれん代は原則として5年間にわたって均等償却することが可能であり、償却額は損金として計上できるため、法人税の負担を軽減する効果があります。しかし、M&Aのスキームや会計処理によっては、税務上の償却が認められないケースもあるため、事前の検討が不可欠です。NTSでは、買い手企業がM&A後の税務メリットを最大限に享受できるよう、スキーム選択から会計処理、税務申告まで一貫したアドバイスを行っています。ある食品製造業のM&A支援では、のれん代の税務上の取り扱いを適切に計画したことで、買い手企業が数千万円単位の税務メリットを得ることができました。
2-3. 事業承継税制とM&Aの選択肢
中小企業の事業承継においては、「事業承継税制」の活用も重要な選択肢です。これは、非上場株式等にかかる贈与税・相続税の納税を猶予・免除する制度で、後継者への円滑な事業承継を支援する目的で設けられています。しかし、この制度は複雑な要件を満たす必要があり、経営者がM&Aを選択する際には、事業承継税制のメリットとM&Aによる売却益のメリットを比較検討することが求められます。
私たちは、経営者の皆様がM&Aを検討される際、単に売却価格だけでなく、最終的な手残り額、事業承継税制の適用可能性、そして後継者問題の根本的な解決という多角的な視点から、最適な選択肢をご提案しています。中小企業庁や経済産業省も事業承継支援に力を入れており、様々な支援策がありますが、M&Aと税制の組み合わせは個社の状況によって最適な解が異なるため、個別具体的な相談が不可欠です。NTSでは、ご家族への承継を含め、オーナー様の多様なご要望に対応できるよう、M&Aと事業承継税制のメリット・デメリットを丁寧に比較検討し、最良の道筋を探ります。
3. NTSが支援するM&A税務の実務ポイント
私たちは、M&Aにおける税務が単なるコストではなく、M&Aの成否を左右する戦略的要素であると捉えています。長年のM&A支援で培ってきた知見に基づき、M&A税務の実務ポイントをご紹介します。
3-1. 事前シミュレーションの重要性
M&Aの初期段階で、複数のスキームを用いた税務シミュレーションを行うことは極めて重要です。株式譲渡の場合と事業譲渡の場合、それぞれで売り手・買い手双方に発生する税額を試算し、最終的な手残り額や買収後のキャッシュフローへの影響を具体的に数値化します。これにより、両者にとって最もメリットの大きいM&A税務戦略を立案することが可能になります。私たちは、1,000件以上の相談実績の中で、この事前シミュレーションを通じて、多くの経営者の皆様が納得のいくM&Aを実現できるよう支援してきました。あるIT企業のオーナー様は、当初想定していたスキームから変更することで、最終的な手取り額を1億円以上増やすことができたと喜びの声をいただいています。
3-2. デューデリジェンスにおける税務調査の視点
デューデリジェンス(DD)は、M&A対象企業の価値を正確に評価し、潜在的なリスクを洗い出すための重要なプロセスですが、特に税務DDは将来の税務リスクを回避するために不可欠です。税務DDでは、過去の税務申告の適正性、繰越欠損金の有無とその有効性、固定資産の減価償却方法、各種引当金の計上状況、消費税の取り扱い、グループ法人税制の適用状況など、多岐にわたる項目を詳細に調査します。
NTSでは、提携している税理士法人や会計事務所と密に連携し、これらの専門的な税務調査を徹底的に行います。これにより、買収後に発生しうる税務リスクを事前に把握し、買収価格の交渉材料とすることや、M&A契約書における表明保証条項に反映させることで、買い手側のリスクを最小化しています。私たちは、地方自治体との連携協定実績もあり、地域の中小企業の特性を理解した上で、きめ細やかな税務DDを実施しています。
3-3. 専門家との連携によるリスク回避
M&A税務は、税法や会計基準の専門知識だけでなく、M&A実務に精通した知見が求められます。そのため、M&Aアドバイザー、税理士、弁護士など、各分野の専門家が連携してプロジェクトを進めることが、M&Aを成功に導く鍵となります。特に、M&A税務においては、税理士の中でもM&Aに特化した専門家のアドバイスが不可欠です。
NTSでは、経験豊富なM&Aアドバイザーが中心となり、税務、法務、会計の専門家チームを編成し、お客様のM&Aを総合的にサポートしています。これにより、個別の税務課題に対する最適なソリューションを提供し、予期せぬリスクを回避しながら、M&Aの目標達成に貢献しています。