
監修者
株式会社日本提携支援 代表取締役
大野 駿介
過去1,000件超のM&A相談、50件超のアドバイザリー契約、15組超のM&A成約組数を担当。
(株)日本M&Aセンターにて、年間最多アドバイザリー契約受賞経験あり。
新規提携先の開拓やマネジメント経験を経て、(株)日本提携支援を設立。
買い手候補から「御社を買収したい」という文書が届いた。その書面が意向表明書です。売り手の経営者にとっては、自社に本気で関心を持つ相手が現れた証でもあります。ところが実際に受け取ってみると、「法的拘束力がないと聞いたが、どこまで自由に動けるのか」「提示された価格は信頼できるのか」「独占交渉権とは何か」と、判断に迷う点が次々と出てきます。このページでは、意向表明書の役割・記載内容・受け取った後の実務対応まで、現場の視点から整理します。
1. 意向表明書とは何か
意向表明書とは、M&Aにおいて買い手候補が売り手に対して「御社を買収したい」という意思と、その大まかな条件を文書で示すものです。英語では「LOI(Letter of Intent)」と呼ばれることもあります。
最大の特徴は、原則として法的拘束力を持たない点にあります。買い手が「この価格帯で購入を検討したい」「この条件を前提に交渉を進めたい」という意思を示す段階であり、契約は成立していません。売り手側も受け取ったからといって必ずしも応じる義務はなく、複数の買い手候補から意向表明書を受け取って比較検討することも可能です。
ただし、「法的拘束力がないから何でも大丈夫」という受け止め方は危険です。意向表明書の中に独占交渉権の条項が含まれている場合、その期間中は他の買い手候補との交渉が事実上できなくなります。書面全体を「ざっと確認」で済ませず、個別の条項をひとつひとつ精査することが重要です。
1-1. 基本合意書との違い
意向表明書と基本合意書は混同されやすいですが、実務上の位置づけが異なります。意向表明書は買い手から売り手への一方的な意思表示です。これに対し基本合意書は、売り手・買い手の双方が署名することで成立する合意文書であり、デューデリジェンスの実施、独占交渉権の付与、クロージングまでのスケジュールなど、より具体的な拘束力を持つ条項が含まれるのが一般的です。
M&Aのプロセスとして整理すると、「トップ面談 → 意向表明書の提出 → 条件交渉 → 基本合意書の締結 → デューデリジェンス → 最終契約」という流れになります。意向表明書はこの流れの中で、双方の本格交渉に向けた入口に位置します。
2. 意向表明書に記載される主な内容
意向表明書の書式に法的な定めはなく、買い手によって記載内容はさまざまです。ただし、実務上よく盛り込まれる項目には共通したものがあります。
まず、買収の対象と方法です。対象会社の株式を取得するのか、事業を譲り受けるのかという取引スキームの方向性が示されます。株式譲渡か事業譲渡かによって、売り手の税負担や手続きが大きく変わるため、この記載は重要な確認ポイントです。
次に、希望する買収価格または価格帯です。意向表明書の段階では確定額ではなく、「○億円前後を想定」「デューデリジェンスの結果を踏まえて最終決定」という表現が多く見られます。この価格はデューデリジェンス後に変更されることもあるため、あくまで出発点として受け止めることが大切です。
そのほか、クロージングまでの希望スケジュール、デューデリジェンスの実施意向、独占交渉権の要求有無、売り手経営者の処遇(退任・残留の希望)、従業員の雇用継続に関する考え方なども記載されることがあります。
2-1. 価格の記載をどう読むか
意向表明書に記載された価格は最終価格ではありません。その後のデューデリジェンスで財務・法務・税務上の問題が発覚した場合、価格が下方修正されることは珍しくありません。NTSでは、意向表明書の価格をそのまま受け取らず、デューデリジェンス後の条件変更がどの程度起こりうるかを事前に想定しておくよう、売り手の経営者にお伝えしています。
価格の算定根拠についても確認が必要です。時価純資産に営業権(のれん)を加算する方法が中小M&Aでは一般的ですが、買い手によってEBITDA(利払い・税引き・減価償却前利益)の何倍を使うか、どの費用を「実体的でない費用」として調整するかが異なります。同じ会社でも買い手によって提示額が大きく変わるのは、こうした算定の前提が違うためです。算定ロジックの説明を買い手側に求めることは、決して失礼なことではありません。
3. 意向表明書を受け取ったときの実務対応
意向表明書が届いたとき、売り手の経営者が最初にすべきことは内容の精査です。「高い価格を提示してくれた」と感情的に喜んだり、「思ったより低い」と落胆したりする前に、記載されている条件全体を冷静に確認する必要があります。
確認すべき主なポイントは以下のとおりです。
■ 独占交渉権の有無と期間
求められている場合、何ヶ月の独占期間が設定されているかを確認します。期間が長すぎると、その間に他の候補との交渉機会を失うリスクがあります。
■ 価格の前提条件
提示価格がどのような財務数値を前提としているかを確認します。デューデリジェンスで調整が入る可能性がある場合は、その幅についても事前に確認しておくと安心です。
■ 雇用・処遇に関する記載
従業員の継続雇用や売り手経営者の退任・残留条件が書かれているかを確認します。記載がない場合は、後の交渉で改めて確認する必要があります。
■ スキームの方向性
株式譲渡か事業譲渡かによって、売り手側の税負担が変わります。顧問税理士や専門家に相談しながら確認することをお勧めします。
3-1. 複数の意向表明書を比較するときの視点
複数の買い手候補から意向表明書が届いた場合、価格だけで判断するのは得策ではありません。NTSが支援する現場でも、提示価格は最も高くないものの、従業員の処遇や事業継続への姿勢が売り手の希望に最も近い買い手が最終的に選ばれるケースは少なくありません。
比較の際には、価格・スキーム・雇用条件・売り手経営者の関与期間・買い手のシナジー(相乗効果)の見込みを横並びにした比較表を作成することをお勧めします。M&A支援会社に依頼すれば、こうした整理をサポートしてもらえます。
NTSでは、買い手候補ごとの投資ロジックやシナジーの質を売り手にわかりやすく説明したうえで、どの候補が売り手の希望条件に最も近いかを一緒に考えるようにしています。価格の高低だけでなく、「その買い手が本当にこの会社を大切にしてくれるか」という視点を大事にしています。
4. 意向表明書提出後の流れ
意向表明書を受け取り、売り手が「この買い手と本格的に交渉を進めたい」と判断した場合、次のステップは条件交渉と基本合意書の締結です。基本合意書では、デューデリジェンスの実施、独占交渉権の付与、クロージングまでのスケジュール、価格・支払条件の概要などが盛り込まれます。
基本合意書を締結した後、買い手側は財務・税務・法務・労務などの観点から対象会社を詳しく調査するデューデリジェンスを実施します。この調査で問題が発見された場合、価格や条件の見直しが求められることがあります。デューデリジェンスを経て最終的な条件が確定したのち、最終契約(株式譲渡契約書など)の締結とクロージング(決済・引き渡し)へと進みます。
意向表明書はM&Aプロセスの中では比較的早い段階の書類ですが、ここでの判断が最終的な成約条件に大きく影響することも事実です。特に独占交渉権の付与は慎重に検討する必要があり、内容を十分に確認しないまま合意してしまうと、後の選択肢を狭めることになります。
4-1. 意向表明書の段階で注意すべき落とし穴
意向表明書の段階でよく見られる落とし穴の一つは、「法的拘束力がないから何でも大丈夫」という誤解です。前述の独占交渉権に加え、秘密保持に関する条項が含まれている場合は、その内容が将来の事業活動に支障をきたさないかを確認する必要があります。秘密保持期間が極端に長い場合や、対象となる情報の範囲が広すぎる場合は、後々の経営判断を縛ることがあります。
もう一つの落とし穴は、意向表明書の価格を確定した売却価格と思い込んでしまうことです。デューデリジェンス後に価格が変わることは実務上よくあることであり、変わること自体が問題なのではなく、どの程度の変動幅を想定しておくかが重要です。NTSへの相談実績の中でも、「最初に提示された金額から下がって戸惑った」という声は少なくありません。事前にM&A支援会社や専門家と「どのような指摘があれば価格調整の対象になるか」を確認しておくと、精神的にも準備が整います。
