
監修者
株式会社日本提携支援 代表取締役
大野 駿介
過去1,000件超のM&A相談、50件超のアドバイザリー契約、15組超のM&A成約組数を担当。
(株)日本M&Aセンターにて、年間最多アドバイザリー契約受賞経験あり。
新規提携先の開拓やマネジメント経験を経て、(株)日本提携支援を設立。
「M&Aに興味はあるが、いったいいくらかかるのかが見えない」——これは私たちが相談を受ける際に最も頻繁に耳にする言葉です。費用の不透明さがM&Aへの踏み出しを妨げているケースは少なくなく、「費用の全体像を正しく理解するだけで、判断が大きく変わった」という経営者の方も実際に多くいらっしゃいます。この記事では、M&Aにかかる費用の構造を整理し、相場感から計算方法、見落とされがちな隠れコストまで、実務の視点からお伝えします。
1. M&Aの費用はどのような構造になっているか
M&Aにかかる費用は、大きくM&A支援会社への手数料と、弁護士・税理士等の専門家費用の2種類に分かれます。多くの経営者が意識するのは前者だけですが、後者も決して小さくないため、両方を合わせた総費用で考えることが重要です。
M&A支援会社への手数料は、着手金・中間金・成功報酬の3段階に分かれていることがあります。それぞれの発生タイミングと金額は支援会社によって大きく異なるため、最初の面談で必ず確認しておく必要があります。
1-1. 着手金・中間金とは何か
着手金とは、アドバイザリー契約を締結した時点で発生する費用です。相手探しやドキュメント作成などの初期業務に対する対価として請求されるケースがあります。一方、着手金ゼロを掲げる支援会社も存在し、特に中小企業向けのM&A支援では無料のところも増えています。
中間金は、基本合意契約の締結など特定のマイルストーンに達した際に発生する費用で、成功報酬の一部を前倒しで受け取る性格を持ちます。着手金・中間金ともに、成約に至らなかった場合の返金条件についても事前に確認しておくことをお勧めします。
1-2. 成功報酬の計算方法(レーマン方式)
M&A支援会社への報酬の中心となるのが成功報酬です。日本の中小M&Aでは「レーマン方式」と呼ばれる階段式の計算方法が広く使われています。
レーマン方式とは、成約価格の金額帯に応じて異なる料率を掛け合わせる方式です。一律の料率ではなく、金額が大きくなるにつれて適用される料率が下がる仕組みになっています。
具体的な計算例として、株式譲渡価格が7億円の場合を見てみましょう。5億円以下の部分には5%を乗じて2,500万円、5億円超から7億円の部分(2億円)には4%を乗じて800万円、合計で3,300万円が成功報酬となります。この計算例からわかるように、譲渡価格が数億円規模になると、成功報酬も数千万円単位になることがあります。
重要なのは「最低報酬額」の存在です。上場大手のM&A支援会社では最低報酬額が2,000万円に設定されているケースが多く、譲渡価格が低くても最低報酬が適用されます。売上が数億円規模の小規模案件では、この最低報酬が実質的な費用負担として大きくのしかかることがあるため、特に注意が必要です。
1-3. 成約価格の「算定ベース」に注意する
レーマン方式で計算される成功報酬は、何を基準に計算するかによって金額が変わります。純粋な株式譲渡対価のみを基準にするのか、負債を含んだ移動総資産額を基準にするのか、あるいは退職金を含む金額を基準にするのかで、手数料の計算ベースが異なります。
例えば、借入金が多い会社の場合、移動総資産額ベースで計算すると、実際の手取り額(株価)より大幅に高い金額が計算ベースになることがあります。弊社では、相談者の方から「手数料の計算ベースを事前に説明されなかった」というケースを耳にすることがあります。契約前に「売却価格◯億円なら手数料はいくらか」を具体例で提示してもらうことが、後のトラブルを防ぐ最も確実な方法です。
2. 専門家費用——M&A手数料に含まれない費用
M&Aの費用として見落とされがちなのが、弁護士・税理士・公認会計士などの専門家費用です。これらはM&A支援会社への手数料とは別に発生するものであり、成功報酬に含まれないことがほとんどです。
2-1. デューデリジェンス(DD)費用
デューデリジェンスとは、買い手が売り手の会社の実態を調査するプロセスです。財務DD・税務DD・法務DD・労務DDなどが実施されます。この調査にかかる費用は基本的に買い手側が負担しますが、売り手側でも対応のために弁護士や税理士のサポートが必要になることがあります。
DDの範囲や深度によって費用は異なりますが、中小企業のM&Aでも弁護士や会計士への相談・対応費用が発生することは覚えておく必要があります。
2-2. 最終契約書のレビュー費用
M&Aの最終契約書(株式譲渡契約書)は、表明保証条項・競業避止義務・アーンアウト条項など、将来の責任に直結する高度に専門的な内容を含みます。弊社では、中小M&A業務に明るい弁護士によるレビューを強くお勧めしています。この費用は案件の規模や複雑さによって異なりますが、専門家費用として別途計上しておく必要があります。
2-3. その他の付随費用
登記費用(株主変更などに伴う司法書士費用)、不動産を保有している場合の不動産鑑定費用、株主総会や取締役会の開催に伴う手続き費用なども発生することがあります。これらは個々の案件の状況によって異なりますが、M&A総費用の見積もりには含めて考えておくべき項目です。
企業価値算定と費用の関係——「のれん」の評価が手取り額を左右する
M&Aの費用を考える上で、もう一つ重要な視点があります。企業価値算定の精度が、最終的な手取り額に直接影響するという点です。
中小M&Aで最もよく使われる算定方法は「時価純資産+営業権(のれん)」方式です。時価純資産は資産から負債を差し引いた正味の資産価値であり、営業権は会社の収益力に一定の倍率(目安として2〜3倍)を掛けたものです。
3-1. 足し戻し漏れが「損」につながる
時価純資産の計算自体は比較的客観的ですが、営業権の計算に使う実体営業利益の算出は、担当者の力量によって大きく変わります。具体的には、オーナー経営者個人の資産管理会社への業務委託料、私的な飲食費が含まれる接待交際費、グループ会社間の利益上乗せ仕入れなど、本来は「足し戻し」ができる費用を見落とすと、実体営業利益が低く算定されてしまいます。
結果として、同じ会社であっても担当者の経験・知識の差によって算定される企業価値に差が出ることがあります。弊社に相談いただいた際には、こうした足し戻し項目を丁寧に確認し、適切な企業価値算定が行われているかを一緒に検証しています。
3-2. 買い手のシナジーによって「値段」は変わる
同じ会社でも、買い手によって提示価格が大きく異なるという事実も見落とされがちです。同業大手がシナジーを強く見込んで高い倍率を提示するケース、新規参入の戦略的投資として最も高い評価をするケース、投資ファンドが財務指標のみで保守的に評価するケースでは、提示される金額が大きく変わります。
つまり、M&Aの費用対効果を考えるときは「いかに費用を抑えるか」だけでなく、「いかに高い評価をしてくれる買い手に出会えるか」という視点も同等に重要です。弊社では、買い手候補のシナジー仮説を丁寧に検討しながら、売り手の方にとって最も有利な条件を引き出せる支援会社・担当者をご紹介しています。
4. 費用を比較する際の実務的なチェックポイント
M&A支援会社を選ぶ際、費用面で確認すべきポイントを整理します。
4-1. 最低報酬額の確認
前述のとおり、上場大手では最低報酬額が2,000万円に設定されているケースが多くあります。売却規模が小さい案件では、この最低報酬が手取り額に占める割合が大きくなります。支援会社に対して「私の会社の規模だと最低報酬が適用されますか」と明示的に確認することが重要です。
4-2. テール条項の確認
テール条項とは、アドバイザリー契約が終了した後も、一定期間内に支援会社が紹介した買い手と成約した場合に手数料が発生するという条項です。契約解除後に別の経路で成約した場合でも手数料が請求されることがあるため、期間・対象範囲を必ず確認してください。
4-3. 専任・非専任の選択と費用への影響
専任契約では他のM&A支援会社への同時依頼ができませんが、着手金が低く設定されることがあります。非専任契約では複数の支援会社を並行して活用できるため、競争原理が働きやすくなります。弊社では、まず市場価値を確認したい段階では、着手金無料・非専任の支援会社を活用して買い手の反応を探ることをお勧めするケースもあります。
4-4. 弊社が支援した実際のケース
弊社がご支援したあるケースでは、大手M&A会社に依頼したものの手数料が高額だったため断念し、弊社経由で別の支援会社を通じてM&Aを実現した運送業の経営者の方がいらっしゃいました。また別のケースでは、仲介会社とFA会社(売り手専属のアドバイザー)のどちらに依頼すべきか迷われていた経営者の方に対し、弊社からそれぞれの立場での説明を行い、最終的に希望条件に合った形でM&Aが成立した事例もあります。費用の問題は単なる「安さ」ではなく、費用に見合った支援が受けられるかという視点で判断することが大切です。