
監修者
株式会社日本提携支援 代表取締役
大野 駿介
過去1,000件超のM&A相談、50件超のアドバイザリー契約、15組超のM&A成約組数を担当。
(株)日本M&Aセンターにて、年間最多アドバイザリー契約受賞経験あり。
新規提携先の開拓やマネジメント経験を経て、(株)日本提携支援を設立。
「業界で何が起きているかを知った上で、自分の会社をどう動かすべきか考えたい」——弊社への相談件数が600件を超えた今、この言葉を口にする経営者が明らかに増えています。M&Aの成約件数が過去最高水準を更新し続ける中、「うちには関係ない」という先入観を持って来られる方はもうほとんどいません。むしろ、業界ルールの変化や手数料の実態を把握した上で、損をしない動き方を探っている方がほとんどです。この記事では、M&A業界で押さえておきたいニュースや構造的な変化を、現場の実務に直結する形でお伝えします。
1. 中小M&A市場で何が起きているか
M&Aという言葉が中小企業の経営者にとって身近になったのは、2015年前後から民間M&A仲介会社が急増したことが一つの契機です。その後、2021年に経済産業省・中小企業庁が「中小M&Aガイドライン」を策定し、2023年には同ガイドラインが改訂されて手数料の透明性確保や支援会社の行動規範が明文化されました。制度の整備が進んだことで、経営者が「相談する根拠」を持ちやすくなったことは確かです。
中小企業庁の調査によれば、後継者不在を理由に廃業を検討している中小企業は全体の約半数に達するとされています。一方でM&Aによる第三者承継の成約件数は年々増加しており、事業承継の選択肢として確実に定着しつつあります。
弊社に相談に来られる経営者の傾向も、ここ数年で明らかに変わりました。以前はM&Aは大企業がするものという先入観を持たれている方が多かったのですが、今では「いつ動くべきか」「どこに相談すれば損をしないか」という実務的な問いを持って来られる方がほとんどです。情報収集の質が上がった分、支援会社に求めるレベルも上がっています。
1-1. 手数料の透明性をめぐる業界ルールの変化
2023年改訂の中小M&Aガイドラインが業界に与えた影響の中でも、特に注目すべきは手数料の明示義務に関する記述が強化されたことです。従来は「成功報酬型」と説明しながら、最低報酬額が2,000万円に設定されているケースが多く、小規模案件では実質的に高コストになっていました。
弊社に相談が来るケースの中には、大手M&A会社に一度相談したものの手数料の説明が不明瞭で踏み出せなかった、という方が少なくありません。運送業を営む経営者が大手M&A会社に依頼したところ手数料が高額となり一度は断念されましたが、弊社経由で別の支援会社をご紹介したところ、3カ月でM&Aを実現されたケースがあります。手数料体系の透明性は、今や支援会社を選ぶ際の最重要チェックポイントの一つです。
1-2. プラットフォーム型M&Aの台頭と限界
インターネット上でマッチングを行うM&Aプラットフォームの普及も、業界で押さえておきたいニュースの一つです。売り手と買い手が直接交渉できる仕組みは、小規模案件のコスト低減に一定の効果をもたらしています。
ただし、弊社が現場で感じるのは、プラットフォームだけで完結できる案件はごく限られているという現実です。企業価値算定の精度、交渉の進め方、デューデリジェンス(DD:企業調査)への対応、最終契約書の条項確認といった各プロセスには、経験を積んだ担当者の関与が不可欠です。プラットフォームは「入口」として有効ですが、そこから先の実務を誰が担うかで結果は大きく変わります。
2. 企業価値算定の現場で起きている変化
M&A業界で押さえておきたいニュースの一つに、企業価値算定をめぐる実務的な変化があります。中小企業のM&Aでは「時価純資産+営業権(のれん)」という算定方法が主流ですが、この「のれん」の計算精度が担当者によって大きくばらつくことが、業界全体の課題として認識されるようになっています。
のれんは「実体営業利益×倍率」で計算されますが、この実体営業利益を正確に算出するには、財務諸表に含まれる一時的費用や個人的な費用の足し戻し処理が必要です。たとえば、オーナー個人の資産管理会社への業務委託料や、私的な飲食費が交際費として計上されているケースでは、そのまま計上すると利益が低く見積もられ、結果として売却価格を下げてしまいます。
弊社では、こうした足し戻し処理の精度が担当者の力量に大きく依存することを、相談者へのご説明の中で必ずお伝えしています。同じ会社でも担当者が変われば算定額が変わり得るという事実は、支援会社・担当者選びの重要性を示す最もわかりやすい例の一つです。
2-1. 買い手のシナジーが価格を左右する構造
企業価値算定と並んで重要なのが、どの買い手に打診するかという問題です。未上場株式には「一物一価」という概念がなく、同じ会社でも買い手によって提示価格は大きく異なります。
同業の大手企業が買い手であれば、買収後の早期回収やクロスセル(既存顧客への追加販売)が見込めるため、高い倍率を許容できます。一方、投資ファンドが買い手であれば、財務的なリターンを基準に評価するため、倍率は相対的に低くなる傾向があります。つまり、「いくらで売れるか」という問いへの答えは、「誰に売るか」という問いと切り離せません。
弊社では支援会社をご紹介する際、その支援会社がどのような買い手ネットワークを持ち、どんな投資ロジックを持つ買い手に打診できるかを事前に確認するよう経営者の方にお伝えしています。
3. 業界ルール整備が加速する中で経営者が知っておくべきこと
M&A業界全体で制度整備が進む中、経営者が実務上知っておくべき変化がいくつかあります。
まず、仲介型とFA(ファイナンシャル・アドバイザー)型の違いへの理解が求められるようになっています。仲介会社は売り手・買い手双方と契約し、スピーディなマッチングが強みです。FA会社は片側のみと契約し、依頼者の条件を最優先に動きます。どちらが適切かは案件の性質や経営者の優先事項によって異なりますが、この違いを理解せずに契約してしまうと、後から「自分の利益が守られていなかった」という不満につながることがあります。弊社では双方の立場からじっくり話を聞いた上で、経営者の状況に合った形をご提案しています。
次に、テール条項と専任条項の存在です。テール条項とは、契約終了後も一定期間内に紹介された買い手と成約した場合に手数料が発生する条項のことで、専任条項は他の支援会社を同時に使えないとする条項です。これらは契約書に記載されていても、十分な説明なく締結されるケースが依然として見られます。中小M&Aガイドラインでは重要事項説明の実施が求められていますが、実態は支援会社によってばらつきがあるのが現状です。
3-1. 地方自治体との連携が進む背景
後継者不在による地域企業の廃業が地域経済に与える影響を重視した自治体が、民間M&A支援会社と協定を結び、相談窓口を設ける動きが全国的に広がっています。M&A業界で近年注目を集めているこの流れは、支援の間口を広げるという意味で大きな意義があります。
弊社は自治体との連携協定実績を持つ支援機関として、地域の中小企業経営者が気軽に相談できる環境づくりに取り組んでいます。「M&Aは大手の専門家に高いお金を払わないと相談できない」という誤解を解き、まず市場価値を確認するだけでも相談できる体制を整えることが、地域経済の維持にとって重要だと考えています。
4. 経営者が実務で直面する「見えにくいリスク」
M&A業界のニュースとして取り上げられることは少ないものの、現場では繰り返し起きているリスクがあります。
一つ目は、アドバイザリー契約(提携仲介契約)の段階で見落とされがちな条項の問題です。専任条項の縛りが強すぎて途中で支援会社を変更できなくなるケース、損害賠償条項が支援会社に極めて有利な内容になっているケースが報告されています。契約前に弁護士のレビューを受けることが、ガイドラインでも推奨されています。
二つ目は、デューデリジェンス(DD)における情報隠しのリスクです。売り手が不都合な情報を意図的に開示しなかった場合、最終契約に記載される表明保証(売り手が会社の状態について保証する条項)に違反し、クロージング後に補償責任が発生します。「売る時までの責任は売り手が持つ」という原則を理解した上で、DDには誠実に対応することが長期的なトラブル回避につながります。
三つ目は、PMI(Post Merger Integration:M&A後の統合作業)の軽視です。成約がゴールではなく、従業員や取引先への丁寧な説明、引き継ぎ期間中の関与形態の整理が、M&A後の事業継続に直結します。初めてM&Aを経験する経営者が最も見落としやすいポイントの一つです。
4-1. 担当者の力量が成否を分ける現実
M&A業界全体として認知度が上がる一方で、経験の浅い担当者が増加していることも業界の課題です。大手M&A会社に依頼したからといって、必ずしも経験豊富な担当者がつくわけではありません。
菓子製造業の経営者が直接M&A会社に相談したものの担当者に納得できず、弊社経由で同業実績のある担当者に依頼し直すことで成約に至ったケースがあります。また、解体工事業の経営者が大手M&A会社と面談したものの業界知見のある担当者に巡り会えず、弊社から業界に明るいベテランの担当者をご紹介したことで成約につながったケースもあります。担当者の成約実績、得意業種・エリア、コミュニケーションの質を面談時に確認することは、M&A支援会社選びの最重要ステップです。
