
監修者
株式会社日本提携支援 代表取締役
大野 駿介
過去1,000件超のM&A相談、50件超のアドバイザリー契約、15組超のM&A成約組数を担当。
(株)日本M&Aセンターにて、年間最多アドバイザリー契約受賞経験あり。
新規提携先の開拓やマネジメント経験を経て、(株)日本提携支援を設立。
M&Aプラットフォームを眺めていると、「譲渡希望価格:10万円」という案件に目が止まることがある。会社を買う、という行為にそれほど低い価格がつくのか、と半信半疑になる経営者は少なくない。ただ、その価格が本当に意味するものを理解しないまま問い合わせを入れると、後から想定外のコストを抱えることになる。この記事では、10万円で買える会社の実態と、低価格M&Aを「本当にお得な選択」にするために必要な判断軸を、弊社の現場から整理する。
1. 10万円で買える会社は本当に存在するのか
中小・零細企業の世界では、株式価値がゼロ円あるいは象徴的な金額で譲渡される案件が実在する。なぜそのような価格になるのか。理由はシンプルで、会社の価値を決める「時価純資産+営業権(のれん)」という計算式において、純資産がマイナス(債務超過)であったり、収益力がほぼゼロであったりすると、株式価値は限りなく低くなる。後継者がいない、廃業費用を払いたくない、という売り手側の事情が重なると、「1円でも引き取ってほしい」という状況が生まれる。
M&Aプラットフォームの普及により、こうした小規模案件が可視化されるようになった。10万円という価格帯は、まさに「存続のための最低限の対価」として設定されることが多い水準だ。
弊社がこれまで受けてきた相談の中で感じるのは、「価格が低い案件ほど、買い手が負うリスクの見極めに高い専門性が必要」という現実だ。価格の安さは一つの魅力だが、それだけで飛びつくと大きな損失につながることがある。
1-1. 低価格になる主な理由
会社の価格が低くなる背景には、いくつかの典型的なパターンがある。
一つ目は財務的な問題だ。売上が落ち込み、利益がほぼ出ていない、あるいは銀行借入が残っていて純資産がマイナスになっている状態では、「時価純資産+営業権」の計算式で算定すると株式価値がゼロ円以下になることもある。
二つ目は、オーナー個人に依存した事業構造だ。社長が営業・技術・顧客関係のすべてを握っており、引き継いだ瞬間に売上が消えるリスクがある場合、買い手はそのリスクを価格に反映させる。
三つ目は廃業コストの回避だ。従業員の退職金、設備の撤去費用、賃貸借契約の解約違約金などを考えると、廃業よりもM&Aで引き渡した方がコストが低くなるケースがある。売り手にとって「お金をもらえなくても引き取ってもらえれば助かる」という状況だ。
2. 10万円の会社を検討するときに必ず確認すべきこと
価格が低い案件に興味を持ったとき、最初にすべきことは「なぜその価格なのか」を徹底的に調べることだ。安さの理由が明確でない案件は、後から想定外の負担が出てくることがある。
2-1. 簿外債務・偶発債務の有無
簿外債務とは、決算書には載っていないが実際には存在する負債のことだ。従業員への未払い残業代、税務調査で追徴課税されるリスク、取引先との紛争リスクなどが該当する。
会社を買うということは、その会社の資産だけでなく、こうした隠れた負債も引き継ぐことを意味する。株式譲渡(会社ごと買う方法)の場合、買収後に発覚した問題でも原則として買い手が対処しなければならない。
弊社では、このリスクを事前に洗い出すためにデューデリジェンス(DD:企業調査)の実施を強く推奨している。低価格案件だからこそ「DDを省略したい」という誘惑が生まれるが、それは危険な判断だ。費用を抑えたい場合は、調査範囲を絞った簡易DDという選択肢を専門家と相談してほしい。
2-2. 許認可・資格の引き継ぎ可否
建設業、介護事業、運送業など、許認可が必要な業種では、M&A後も事業を継続するために行政への届出や要件の充足が必要になる。場合によっては、一定の資格保有者を確保しなければ許認可が失効するケースもある。
10万円で買える会社の業種がこれらに該当する場合、許認可の引き継ぎコストや手続き期間を事前に見積もっておくことが欠かせない。買収価格が低くても、許認可の再取得や専任者の採用に数百万円規模のコストがかかることがある。
2-3. 従業員・取引先の継続意向
会社を買っても、主要な従業員が退職し、主要な取引先が離れてしまえば、事業の実態は失われる。特に小規模な会社では、数名のキーパーソンが事業を支えていることが多く、彼らの意向確認は欠かせない。
弊社が支援したあるケースでは、売り手が従業員への開示を極端に遅らせた結果、クロージング直前に主要スタッフが退職の意向を示し、条件の見直しが必要になった。低価格案件では特に、こうした人的リスクが価格に織り込まれていないことがある。
3. 株式譲渡と事業譲渡の違いを理解する
10万円で買える会社を検討する際、「どの方法で買うか」は非常に重要だ。大きく分けて「株式譲渡」と「事業譲渡」の2つがある。
株式譲渡は、会社の株式をすべて(または一部)買い取ることで経営権を取得する方法だ。会社の資産も負債もすべて引き継ぐため、簿外債務のリスクを含む。手続きはシンプルで、比較的短期間で完了できる。
事業譲渡は、会社の事業(特定の資産・契約・人員)だけを選んで買い取る方法だ。不要な負債を引き継がずに済む反面、取引先との契約を個別に引き継ぐ手続きが必要で、許認可も再取得が必要になることがある。
10万円という低価格帯では株式譲渡の形式が多いが、その場合は前述の簿外債務リスクへの対処が特に重要になる。事業譲渡の場合は、買い取る資産・負債の範囲を契約書で明確に定めることが肝心だ。どちらが安全かは案件の内容によって異なるため、専門家に相談しながら選択してほしい。
4. 低価格M&Aで失敗しないためのプロセス
低価格だからといって、プロセスを省略することは禁物だ。むしろ、安価な案件ほど丁寧なプロセスが求められる。
4-1. 情報収集と初期スクリーニング
M&Aプラットフォームや支援会社を通じて案件情報を入手したら、まず「なぜこの価格か」「売り手の本当の売却理由は何か」を確認する。売却理由が「後継者不在」「オーナーの体調」であれば比較的リスクは低いが、「業績悪化」「取引先の喪失」などが理由の場合は慎重な調査が必要だ。弊社では初期相談の段階でこの「価格の理由」を丁寧に確認することを必ず行っている。
4-2. NDAの締結と詳細情報の入手
初期的な関心が固まったら、秘密保持契約(NDA)を締結し、決算書・試算表・借入明細などの詳細資料を入手する。NDA締結自体に費用はかからないが、この段階で得た情報は厳重に管理する義務がある。なお、M&A支援会社によってはNDAとアドバイザリー契約を同時に締結するケースもあるため、契約内容を事前に確認しておくことが重要だ。
4-3. デューデリジェンスの実施
低価格案件であっても、財務DD・法務DDは最低限実施することを強くお勧めする。費用が気になる場合は、調査範囲を絞った簡易DDという選択肢もある。弁護士・税理士などの専門家と相談しながら、どこまで調査するかを決めてほしい。DDは「売る時までの状態を明確にする作業」であり、後々のトラブルを未然に防ぐための投資だと考えてほしい。
4-4. 最終契約における表明保証条項の確認
最終契約書には、売り手が「会社の状態について保証する」表明保証条項を盛り込む。万が一、契約後に隠れた問題が発覚した場合に、売り手に補償を求める根拠となる。この条項の範囲と期間を明確にしておくことが、低価格M&Aにおけるリスク管理の要だ。
弊社では、M&A業務に精通した弁護士のレビューを受けることを強くお勧めしている。最終契約書は高度に専門的な内容を含み、曖昧な表現が後のトラブルの温床になる。特に表明保証条項と補償条項は将来の責任に直結するため、明確な責任範囲と期間を定めることが不可欠だ。
5. 弊社が見てきた低価格案件の実態
弊社では、大手M&A会社では手数料が高額すぎて対応が難しい小規模案件についても、相談を受けてきた。
あるケースでは、売上が2億円規模で赤字・債務超過という状況の運送会社が、大手M&A会社に依頼したところ手数料の高さを理由に断念したという経緯があった。弊社経由で適切な支援会社を紹介した結果、3カ月でM&Aを実現できた。
このケースが示すように、低価格・小規模案件であっても、適切な支援者さえいれば成立する。重要なのは、案件の規模や価格ではなく「その案件に精通した担当者が伴走しているか」だ。担当者の成約実績・業種知見・買い手ネットワークは、低価格案件においてこそ結果を左右する。
弊社では、こうした観点で担当者選びを支援しており、規模の大小にかかわらず、売り手・買い手双方にとって納得感のある結果を目指している。
6. 10万円で会社を買うことの本当の意味
価格が低いことは、コストが低いことと同じではない。会社を買うということは、その会社の歴史・従業員・取引先・負債・リスクをすべて引き受けることだ。
10万円という価格は入口に過ぎず、その後の事業立て直し・人材確保・設備投資・許認可手続きなどに、価格の何倍もの時間とコストがかかることがある。「安く買えた」という感覚は、往々にして後から修正される。
一方で、適切なデューデリジェンスと契約設計を経た低価格M&Aは、ゼロから起業するコストや時間を大幅に節約できる有効な経営戦略にもなり得る。既存の顧客基盤・従業員・ノウハウを引き継ぐことで、事業参入のスピードが格段に上がる。
大切なのは、価格の低さに引っ張られず、「この会社を買うことで何を実現したいのか」という目的を明確にしたうえで、専門家の支援を受けながら冷静に判断することだ。
7. まとめ
10万円で買える会社は、M&Aプラットフォームの普及によって以前より身近な存在になっている。ただし、低価格には必ず理由があり、その理由を正確に把握しないまま進めると、後から想定外の負担が発生するリスクがある。
株式譲渡か事業譲渡かの選択、簿外債務の調査、許認可の引き継ぎ確認、従業員・取引先の継続意向の把握、そして表明保証条項を含む最終契約書の精査。これらのステップを丁寧に踏むことが、低価格M&Aを本当にお得な選択にするための条件だ。
M&Aについてご不明な点や不安なことがあれば、どんな些細なことでも構わない。ぜひ一度、弊社にご相談いただきたい。
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