
監修者
株式会社日本提携支援 代表取締役
大野 駿介
過去1,000件超のM&A相談、50件超のアドバイザリー契約、15組超のM&A成約組数を担当。
(株)日本M&Aセンターにて、年間最多アドバイザリー契約受賞経験あり。
新規提携先の開拓やマネジメント経験を経て、(株)日本提携支援を設立。
「M&Aを考え始めたけれど、何から手をつければいいのかわからない」——そう感じている経営者ほど、最初の一歩を踏み出すまでに時間がかかり、結果として売り時を逃してしまうことがあります。M&Aの売り手としての進め方は、知っているかどうかで手取り額にも、成約後の後悔にも、大きな差が生まれます。この記事では、M&Aを考え始めた段階で押さえておくべき要点を、NTSが現場で蓄積してきた知見をもとに整理しています。
1. M&A売り手の「よくある誤解」が失敗を招く
M&Aの売り手として動き始める前に、まず誤解を解いておく必要があります。多くの経営者が「すぐ売れるだろう」「希望額に近い価格がつくはずだ」と考えて相談に来られますが、実際の現場はそれほど単純ではありません。
準備から成約まで、6ヶ月から1年以上かかるケースは珍しくありません。また、売却価格は「言い値」では決まらず、財務状況・収益性・市場環境・事業リスクといった客観的な要素をもとに算定されます。さらに「上場大手のM&A支援会社なら安心」という思い込みも危険です。M&Aの成功は会社名よりも担当者の力量に左右される部分が大きく、大手であっても経験の浅い担当者では手続きが停滞することがあります。
NTSでは600件以上の相談実績のなかで、こうした誤解を持ったまま動き始めた経営者が途中で立ち往生するケースを数多く見てきました。M&Aの進め方を正しく理解してから動き始めることが、売り手にとって最大のリスク回避になります。
1-1. 「価格が全て」ではない、という重要な視点
売却を検討する経営者の多くが価格に注目しますが、M&Aのゴールは「いくらで売るか」だけではありません。事業と従業員を残すための「責任ある引き継ぎ方」を決めることが、本来のゴールです。従業員の雇用継続、取引先との関係維持、自分自身の関与形態——こうした条件を整理しないまま価格交渉に入ると、成約後に後悔が残ることになります。
また、基本合意前であれば法的拘束力はほぼなく、条件が合わなければ引き返すことも可能です。「一度依頼したら戻れない」という思い込みも、売り手を不必要に焦らせる誤解の一つです。前々から準備をしておく方が、担当者選びや条件を叶えてくれる相手探しに多くの時間を使えるようになります。
2. M&A売り手の進め方:全体フローを把握する
M&Aの進め方を理解するうえで、まず全体の流れを把握しておくことが重要です。売り手側のフローは大きく次の段階で進みます。
個別相談からアドバイザリー契約を締結し、ノンネーム資料(匿名の会社概要)と企業概要書(IM)を作成します。その後、買い手候補リストを確認してネームクリア(情報開示許可)を行い、企業価値算定を経てトップ面談へと進みます。基本合意契約後にデューデリジェンス(DD:企業調査)が実施され、問題がなければ最終契約・成約という流れです。
この流れを知らずに動き始めると、どの段階で何を準備すべきかわからず、支援会社に言われるがままに進んでしまうリスクがあります。売り手として主体的に動くためには、全体像を把握したうえで各ステップの意味を理解しておく必要があります。
2-1. 支援会社との最初の面談で確認すべきこと
M&A支援会社との初回面談では、相手からの質問に答えるだけでなく、こちらからも積極的に確認することが重要です。担当者の経歴や成約実績(特に自社に近い業種・エリア・規模での実績があるか)、手数料体系(着手金・中間金の有無、最低報酬額)、そして現時点で想定される買い手候補と論点——これらを初回面談の場で確認しておくことで、支援会社の実力と誠実さを見極めることができます。
なお、初回面談をスムーズに進めるうえで手元に揃えておきたい資料があります。直近3〜5期分の決算書・税務申告書、月次試算表、取引先別の売上内訳、借入金の返済予定表の4点です。これらが揃っていると、企業価値算定も早期に動き始められます。
NTSが支援したあるケースでは、大手M&A会社に依頼したものの手数料が高額で断念し、弊社経由で別の支援会社に依頼した結果、短期間での成約を実現した事例があります。支援会社選びは、M&Aの結果を大きく左右します。
3. 企業価値算定の仕組みと手取り額を増やすポイント
M&A売り手の進め方において、企業価値算定は特に理解しておくべき重要なステップです。中小M&Aで主流の算定方法は「時価純資産+営業権(のれん)」という手法です。
計算の流れを簡単に整理すると、まず貸借対照表を時価ベースに調整して時価純資産を算出します。次に損益計算書から「実体営業利益」を算出し、それに倍率(目安として2〜3倍)をかけたものが営業権となります。最終的な株式価値は「時価純資産+実体営業利益×倍率」で表されます。
3-1. 担当者の力量で株価が変わる理由
時価純資産の計算は誰が行っても大きく変わりません。しかし、のれん(営業権)の算定に使う「実体営業利益」は、担当者がどこまで丁寧に調整できるかで変わってきます。
たとえば、オーナーの個人的な資産管理会社への業務委託料、私的な飲食費が含まれる接待交際費、グループ会社からの割高仕入れによる利益の低下——こうした項目を適切に足し戻せるかどうかが、手取り額に直結します。経験の浅い担当者はこうした調整を見落としがちで、結果として本来より低い株価が提示されることがあります。
さらに重要なのは、どんな買い手に当たるかです。未上場株は「一物一価」ではなく、同じ会社でも買い手によって提示価格は大きく異なります。買収後のシナジー(相乗効果)が高い買い手ほど高い倍率を許容できるため、「そもそも買い手がいるか」「その買い手がどんな投資ロジックを持っているか」が、最終的な成約価格を左右する最大の要因です。
4. デューデリジェンスと最終契約で売り手が注意すべきこと
基本合意後に実施されるデューデリジェンス(DD)は、買い手が売り手の会社を詳細に調査するプロセスです。財務・税務・法務・労務・ビジネスの各観点から調査が行われ、問題が発見されれば価格や条件の見直しを求められることがあります。
売り手として最も重要な心構えは、情報を隠さないことです。DDで後から問題が発覚した場合、交渉決裂の原因になるだけでなく、最終契約後の表明保証違反として損害賠償責任を問われるリスクもあります。「売る時までの責任は売り手が持つ」という姿勢でDDに臨むことが、後々のトラブルを未然に防ぎます。
NTSの現場では、指摘が出そうな論点(過去の税務調査の指摘事項、未払残業代の有無、契約書の不備など)を事前に把握しておくことを強くお勧めしています。問題が後から発覚するより、事前に整理して説明できる状態にしておく方が、買い手からの信頼を損なわずに交渉を進められます。
4-1. 最終契約書で特に確認すべき条項
最終契約書には、売り手の将来の責任に直結する条項が含まれています。特に注意が必要な点を以下に整理します。
表明保証は、売り手が会社の状態について保証する条項であり、保証漏れがあれば補償責任が発生します。競業避止義務は、売却後に類似事業を一定期間・地域で禁止するもので、範囲と期間を必ず確認してください。また、連帯保証の解除は最終契約の絶対条件として盛り込むことが一般的であり、解除されない場合に契約を白紙に戻せる文言を入れておくことが重要です。
最終契約書の確認には、中小M&A業務に明るい弁護士のレビューが不可欠です。曖昧な表現や広範な保証を避け、責任範囲と期間を明確に定めることが、売り手を守ることにつながります。
5. M&A支援会社の選び方:担当者を見極める5つの視点
M&A売り手の進め方において、支援会社——正確には「担当者」——の選び方は成否を分ける最重要事項です。NTSでは地方自治体との連携協定実績を持ち、多くの経営者から「どの支援会社に頼めばいいかわからない」という相談を受けてきました。その経験から、担当者を見極める視点を整理すると次のようになります。
まず、自社に近い業種・エリア・規模での成約実績があるかどうかを確認します。次に、買い手候補を具体的に提示できるか、シナジー効果についての仮説の質と深さはどうかを見ます。報酬体系の透明性(最低報酬額・テール条項・着手金の有無)も必ず確認してください。そして、成約至上主義ではなく、条件を一緒に吟味してくれる姿勢があるかどうかが、最終的に最も重要な判断基準になります。
NTSが支援したあるケースでは、大手M&A会社の担当者が業界知見に乏しく買い手候補もいまいちだったため、弊社経由で業界に精通したベテラン担当者に切り替えた結果、成約に至った事例があります。担当者一人の力量が、M&Aの結果を大きく変えることを現場で実感しています。
なお、まずは市場価値の確認から始めたい場合、非専任契約で着手金が無料のM&A支援会社を活用する選択肢もあります。自社にどのような買い手が出てくるか、いくらで売れそうか、適切なタイミングを確かめるために有効な方法です。
6. 無料資料で詳しく確認する
ここまで読んでいただいた内容は、M&Aを考え始めた売り手が最初に理解しておくべき要点の一部です。実際には、ノンネームシートの作り方、企業概要書(IM)の構成、トップ面談での心得、DDを乗り切るための実務対応、最終契約書の条項チェックリストなど、各ステップで知っておくべき情報はさらに多岐にわたります。
NTSが監修した無料資料M&Aを考え始めた1日目に読むべき資料では、M&A支援会社の選び方から企業価値算定の仕組み、契約書のチェックポイントまでを体系的にまとめています。M&A売り手の進め方を一冊で整理したい方に、ぜひ手に取っていただきたい内容です。
