
監修者
株式会社日本提携支援 代表取締役
大野 駿介
過去1,000件超のM&A相談、50件超のアドバイザリー契約、15組超のM&A成約組数を担当。
(株)日本M&Aセンターにて、年間最多アドバイザリー契約受賞経験あり。
新規提携先の開拓やマネジメント経験を経て、(株)日本提携支援を設立。
「TOBで買収された」というニュースを見るたびに、「これは自社が検討しているM&Aとは別の話なのか」と感じている経営者の方は少なくないはずです。結論から言えば、TOBはM&Aという大きな枠組みの中に含まれる一手法であり、両者は対立概念ではありません。ただし、仕組み・手続き・適した場面は大きく異なります。この記事では、TOBとM&Aの違いを5つの観点から整理した上で、中小企業の事業承継やM&Aを検討している経営者の方に向けて、実務上の判断に役立つ情報をお伝えします。
1. TOBとM&Aの関係性を整理する
TOB(Take-Over Bid:株式公開買付け)とは、上場企業の株式を市場外で不特定多数の株主から一括して買い集める手続きのことです。「公開買付け」という言葉の通り、価格・期間・買付け株数をあらかじめ公告し、応募してきた株主から株式を取得します。
一方、M&A(Mergers and Acquisitions:合併・買収)は、企業の合併や買収を指す総称です。株式譲渡・事業譲渡・合併・会社分割・TOBなど、複数の手法を包含しています。つまり、TOBはM&Aを実現するための「手段の一つ」であり、M&Aという上位概念の中にTOBが位置づけられます。
この関係を整理すると、M&Aは「目的(企業の統合・支配権の移転)」であり、TOBはその目的を達成するための「方法」の一つです。株式譲渡や事業譲渡も同様に、M&Aを実現するための別の方法として機能します。
1-1. TOBが必要になる場面
TOBが活用されるのは、主に上場企業の支配権を取得したい場面です。上場企業の株式は市場で自由に売買されていますが、大量に取得しようとすると株価が急騰し、想定以上のコストがかかります。また、金融商品取引法では、市場外で特定の株主から大量に株式を取得する場合や、市場内外を問わず一定割合以上の株式を取得する場合にTOBの実施を義務付けています(強制公開買付け規制)。
このため、上場企業を対象とした経営権取得には、TOBという手続きが不可欠になるケースが多くなります。
2. TOBとM&Aの主な違い:5つの観点から比較する
TOBとM&Aの違いをより具体的に理解するために、対象企業・手続き・費用・スピード・友好性という5つの観点から比較します。
2-1. 対象企業の違い
TOBは原則として上場企業を対象とした手法です。株主が多数に分散している上場企業では、個別に交渉して株式を集めることが現実的でないため、公告による一括買付けという仕組みが機能します。
これに対して、非上場の中小企業を対象としたM&Aでは、株主が経営者本人やその家族など少数に限られているため、個別の株式譲渡契約で対応できます。TOBという手続きを経る必要はなく、実務上もほとんど使われません。
2-2. 手続きの複雑さと規制の違い
TOBは金融商品取引法に基づく厳格な手続きが求められます。公告の実施、内閣総理大臣(金融庁)への届出、買付け期間(原則20営業日以上)の設定、応募株主への均一価格での買付けなど、多くの法的要件を満たさなければなりません。
中小企業のM&Aで一般的な株式譲渡は、売り手と買い手の当事者間で株式譲渡契約を締結し、株主名簿を書き換えることで完了します。手続きの複雑さはまったく異なる次元の話です。弊社が日々対応している中小企業のM&A相談では、株式譲渡を中心とした手法が圧倒的多数を占めており、TOBが話題になることはほぼありません。
2-3. 費用・コストの違い
TOBでは、公告費用・法務アドバイザー費用・証券会社への委託費用など、手続きに伴うコストが相当額に上ります。加えて、買付け価格は市場価格に一定のプレミアムを上乗せするのが慣行であり、総取得コストは大きくなります。
中小企業のM&Aにかかる主なコストは、M&A支援会社への成功報酬(レーマン方式が一般的)と、デューデリジェンス(DD:企業調査)に伴う専門家費用です。TOBのような公告費用や証券会社への委託費用は発生しません。レーマン方式とは成約価格に応じた階段式の料率計算であり、例えば株価7億円の案件であれば「5億円以下の部分×5%+5億円超の部分×4%」という形で計算します。最低報酬額の設定がある支援会社も多いため、事前に確認しておくことが重要です。
2-4. スピードの違い
TOBは法定の買付け期間(最短20営業日)が設けられており、その間は手続きが進行します。対象企業の取締役会が賛同するか反対するかによっても展開が変わり、敵対的TOBに発展した場合は長期化することもあります。
中小企業のM&Aは、相手探しの準備から成約まで6カ月〜1年以上かかることも多いですが、これはマッチングや交渉の時間であり、法定期間のような強制的な制約によるものではありません。双方の合意が得られれば、手続き自体はスピーディに進められます。
2-5. 友好的・敵対的の違い
TOBには「友好的TOB」と「敵対的TOB」があります。友好的TOBは対象企業の経営陣が賛同した上で進められるものですが、敵対的TOBは経営陣の同意なく株主に直接買付けを呼びかけるものです。
中小企業のM&Aは、売り手と買い手が互いに合意した上で進める友好的な取引が前提です。経営者自身が売却を決断し、適切な買い手を探して交渉するプロセスであり、敵対的な買収という概念は実務上ほとんど登場しません。
3. 中小企業の経営者が知っておくべき「株式譲渡」の実務
TOBが上場企業向けの手法であるとわかった上で、中小企業の経営者が実際に関わるM&Aの主役である株式譲渡について整理します。
株式譲渡とは、売り手オーナーが保有する自社株式を買い手に譲渡することで、会社の経営権を移転する手法です。会社の資産・負債・契約・従業員をそのまま引き継げるため、手続きが比較的シンプルで、事業承継の場面でも広く使われています。
中小企業のM&Aにおける株式譲渡の流れは、大きく4つの段階で進みます。まず相手探しの準備として、企業価値算定やノンネームシート(匿名の会社概要)の作成を行います。次に相手探しの段階で、M&A支援会社のネットワークを通じて買い手候補にアプローチします。その後、トップ面談・基本合意・デューデリジェンスを経て、最終契約・クロージング(成約)という流れです。
この一連のプロセスで重要なのが、企業価値算定の精度です。中小M&Aでは「時価純資産+営業権(のれん)」という手法が主流です。時価純資産は資産から負債を引いた純粋な資産価値であり、営業権は実体的な収益力(実体営業利益)に倍率(目安2〜3倍)をかけて算出します。この倍率は、買い手が見込むシナジー(相乗効果)によって大きく変わります。同業大手が買い手であれば高い倍率が許容され、投資ファンドであれば低めになる傾向があります。
3-1. 企業価値算定で見落とされやすいポイント
企業価値算定は、担当者の経験と知識によって結果が変わることがあります。特に「のれん」の計算に使う実体営業利益の算出では、足し戻し(調整)の漏れが株価に直接影響します。
例えば、オーナー経営者の資産管理会社への業務委託料が費用として計上されている場合、これは実質的にオーナー個人の取り分であり、本来の会社の収益力には関係しません。こうした費用を適切に足し戻すことで、実体営業利益が正しく算出され、株価の評価が高まります。同様に、私的な接待交際費の調整や、グループ会社との取引における利益の付け替えなども、見落としやすい論点です。弊社では、こうした調整項目を丁寧に確認することで、売り手の手取り額が正当に評価されるよう支援しています。
4. TOBに関連して中小企業経営者が押さえておくべき知識
TOBは直接関係しないとはいえ、ビジネスニュースや業界動向を理解する上で基礎知識として持っておくと役立ちます。
4-1. TOBの手続きの概要
TOBの主な流れは次の通りです。まず買付け条件(価格・期間・株数)を決定し、内閣総理大臣に届出を行います。公告後、買付け期間中に株主が応募し、期間終了後に買付けが実行されます。買付けが成立すると、買い手は対象企業の大株主または支配株主となります。
上場企業の株式の3分の1超を取得する場合は、原則としてTOBを実施しなければならないと金融商品取引法で定められています(強制公開買付け規制)。これは、一般株主の保護を目的とした規制です。
4-2. MBO(経営陣による買収)との関係
TOBの文脈でよく登場するのがMBO(Management Buy-Out:経営陣による買収)です。上場企業の経営陣が、投資ファンド等と組んで自社株をTOBで買い集め、非上場化するケースがこれに当たります。
中小企業の事業承継においても、MBO的な発想は参考になります。後継者候補の役員や従業員が株式を取得して経営権を引き継ぐ「従業員承継」や「親族外承継」は、中小企業版のMBOとも言える手法です。規模や手続きの複雑さは大きく異なりますが、「経営を知る人間が引き継ぐ」という本質は共通しています。
4-3. 上場企業と非上場企業でM&Aの手法が異なる理由
上場企業は株主が広く分散しており、株式の流通市場があるため、TOBという公開的な手続きが必要になります。一方、非上場の中小企業は株主が限定的で、株式の譲渡も当事者間の合意で完結します。
この構造的な違いが、TOBと株式譲渡という手法の使い分けの根本にあります。中小企業のM&Aを検討する際は、上場企業向けの情報(TOBに関するニュース等)と、自社に適した手法の情報を混同しないことが重要です。弊社では、こうした混乱を解消するための初回相談を無料で実施しており、600件以上の相談実績から「自社に合った手法の整理」から支援を始めることができます。
5. M&Aを検討する中小企業経営者が最初にすべきこと
TOBとM&Aの違いを理解した上で、実際にM&Aを検討する経営者の方に向けて、最初のステップをお伝えします。
まず確認すべきは「自社の企業価値がどの程度か」「どのような買い手が存在するか」という2点です。この2点が明確になれば、M&Aを進めるかどうかの判断も、進める場合のタイミングも、より具体的に考えられるようになります。
M&A支援会社との初回面談では、売却を検討している背景や理由、会社の特徴(事業内容・取引先・強み)、財務面の概要(売上・利益の推移・借入金)などを確認されます。事前にこれらを整理しておくと、面談の質が上がります。決算書・月次試算表・売上内訳といった基本的な財務資料を手元に用意しておくと、より具体的な回答が得られます。
支援会社を選ぶ際は、会社の規模よりも「担当者の経験と実績」を重視することをお勧めします。同じM&A支援会社でも、担当者によって成約率や交渉力は大きく異なります。自社に近い業種・規模での成約実績があるかどうか、買い手候補を具体的に提示できるかどうかを確認することが重要です。
弊社が支援した事例でも、この「担当者選び」が結果を左右した場面を何度も目にしてきました。大手M&A会社に一度相談したものの手数料が高額で断念した運送業の経営者が、弊社を通じて適切な支援会社と出会い、3カ月でM&Aを実現したケースがあります。また、菓子製造業を営む経営者が、最初に相談した担当者との相性が合わず弊社に相談し直し、同業での成約実績を持つ担当者を紹介した結果、成約に至ったケースもあります。どちらも、最初の「担当者選び」を見直したことが転換点でした。
着手金が無料の非専任契約でM&A支援会社に相談し、市場の反応を確認するところから始めると、リスクを抑えながら情報収集ができます。売却を急ぐ必要がない段階から準備を始めておくほど、条件を叶えてくれる相手探しに時間を使えるようになります。
6. まとめ
TOBはM&Aという大きな枠組みの中の一手法であり、主に上場企業を対象とした株式の公開買付け手続きです。金融商品取引法に基づく厳格な規制があり、中小企業のM&Aとは手続き・コスト・スピードのいずれの面でも大きく異なります。
中小企業の事業承継やM&Aでは、株式譲渡が主流の手法です。売り手オーナーと買い手が合意の上で進める友好的な取引であり、企業価値算定の精度と適切な買い手探しが成否を分ける重要な要素になります。
TOBに関するニュースを見てM&Aは複雑で大企業向けのものと感じている経営者の方に伝えたいのは、中小企業のM&Aは別の仕組みで動いているということです。適切な支援会社と担当者を選べば、事業と従業員を守りながら、納得のいく条件で次世代に引き継ぐことは十分に実現できます。
M&Aについてご不明な点や不安なことがあれば、どんな些細なことでも構いません。ぜひ一度、弊社にご相談ください。
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